御由緒
儀式帳は当社の鎮座について「内親王定祝」と記し、倭姫命によって奉祀されたと伝へる。
『倭姫命世記』はその事情をさらに詳細に記述してゐる。すなはち垂仁天皇二十五年、倭姫命が二見の浜に至り、堅多社を定めた後,
五十鈴川の河口の江に倭姫命が巡行なったとき、佐美川日子と出會ひ、命が土地の名前を尋ねたのちに江社を定められたといふわけである。
江社を定祝される直前の堅多社では佐美川比賣が倭姫命を迎へ、しかも佐美川比賣を堅多社に奉祀したと伝へてゐるのとは對照的である。
『式内社調査報告』より引用
御祭神
長口女命、大歳御祖命、宇加乃御玉命
|