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御由緒
八ツ山神社は菊理比嘩命を主神として、応神天皇・大山津見神・早玉之男神・佐依姫命・ 大日女貴命・火加具土神・天児屋根命・火産霊神・須佐乃男命・宇気比八柱神・倉稲魂神・大物主神の12座を合祀している。
明治44年9月に境内社の熊野神社・ハ幡神宮・春日神社・神明宮・稲荷神社須賀神社2社・厳島神社・大山津見神社2社・秋葉神社・事比羅神社・倉稲魂神社、
そして八対野字白石の金比羅神社・同字大谷の愛宕神社・同字切矢田の須賀神社、稲垣字中出の宇気比神社2社・須賀神社・厳島神社・大山津見神社2社
、同字内野の愛宕神社・金刀比羅神社・須賀神社の各社と、古市の愛宕神社・金毘羅神社・大山津見神社2社・宇気比神社・熊野神社・稲荷神社を合祀し、『八ツ山神社』と単称して今日に至っている。
本殿は桧皮葺き、一間社春日造で、身舎桁行194cm、梁行176cm 向拝の出176cmの他に 疑宝珠付登勾欄があり、外部はすべて極彩色で華麗な江戸時代末期の建築様式の神社で、
その姿は『山田野白山比咩神社』とよく似た本殿である。 棟札に見られる様に文化14年(1817)に造営された様であるが、桧皮葺き 外部の極彩色に彩りされた本殿も、
長年の風雨にさらされ、傷んできた為、昭和33年に至りて、伊勢神宮の故材の払い下げを受けて、神宮司庁の指導の元、地元で改修されている。
但し彫刻 彩色にあっては、その侭復元している。現在は覆い屋根を設け風雨には護られている。
八ツ山神社は明治44年9月までは、『白山比咩神社』と称していた。
因みに、この神社は往古(天文22年)加賀白山本宮より珍徳上人により勧請された七白山の一つであるが、棟札に、寛永14年(1637)にも造営が行われたことから併記されている建徳2年(1371)に既に八対野白山のあったことが伺われる。
境内の麓、八ツ山小学校の西に珍徳上人の宝算印塔が在って、近時 整備され祀られている。宝算印塔の隅の飾りは直立し、建立は室町時代の中期まで遡るものとされ、地区内でも最も古いと言われている。
御祭神
宇賀神社(宇迦御魂命) 若宮八幡宮(仁徳天皇) 宇気比神社(天忍穂耳命) 神明神社(大日孁貴命) 津島神社(建速須佐之男命) 愛宕神社(火産霊命) 須賀神社(須佐之男命) 春日神社(天之子八根命) 金比羅神社(大物主命) 厳島神社(市杵島比売神) 稲荷神社(宇迦御魂命) 秋葉神社(火之迦具土神)
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