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神社ID/コード29984219006 画像収集中
神社名/通称伊奈冨神社
(フリガナ)いのうじんじゃ
郵便番号510-0204現鎮座地三重県鈴鹿市稲生西 2-24-20
鎮座地調査年平成5年当時鎮座地
氏子地域稲生町、塩屋、野町、野村町
電話番号059-386-4852FAX携帯電話
主な祭典祭典日
旧社格県社式内社御朱印
祈祷出張祭神葬祭
結婚式宝物館要助勤(月日)
宮司名吉田 恵子(本務/兼務)連絡先
主祭神《主》保食神大国道命、《合》豊宇賀能売命、稚産霊神、鳴雷光神、大山祇命、フリガナうけもちのかみおおくにみちのみこと
御神徳一切の食物をつかさどられ、ことに命の根元たる稲の生産、豊穣を守護されその御神徳の及ぶところ広大無辺にして、五穀豊穣、諸業繁栄、家内安全、交通安全等の御霊験あらたかな大神様です。
由緒当神社は社伝によれば、神代、東ケ岡(鈴鹿サーキット地内)に御神霊が出現せられ、霊夢の神告により崇神天皇5年勅使参向のもと、「占木」の地にて社殿造営の地を占われ、神路ケ岡に大宮・西宮・三大神を鎮祭されました。その後仲哀天皇の御子品屋別命の子孫(磯部氏)が代々当社の神主として仕え、雄略天皇5年には数種の幣物が奉納され、主祭神保食神には「那江大国道命」の御神号を賜わりました。降って奈良時代天平年間、行基上人が別当寺の神宮寺を建立され、更に平安時代天長年間には弘法大師が参籠の折、菩薩堂を建立して3社の本地仏を祀り、七島池を一夜にして造られたと伝えられております。貞観7(865)年4月、正五位上より従四位下に進階し(三代実録)、延喜式内社に列しております。当時の神領は東は白子、西は国府、南は秋永、北は野町に及ぶ広大な面積でありました。鎌倉時代中頃には正一位に進階し、「文永11(1274)年3社に勅額を賜わり、以後「正一位稲生大明神」として武門武将からの尊信が寄せられました。また当社に伝わる獅子舞は、およそ1300年前の壬申の乱の後に、天武天皇が戦勝報賽に獣神を埋納されたのに始まり、前出の弘法大師参籠の折に大師が獅子頭を奉製し、また承安4(1174)年の銘が入った獅子頭が残されており、現在も古例に則り3年に1度(丑辰未戌の年)舞われています。今日では、2月の初めころ頃より4月16日の例祭まで稲生町内を歴舞していますが、古くは遠く伊勢の方まで歴舞していた記録が残っており、またその演目は伊勢大神楽の原型をなすものとも言われております。」
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