検索結果
詳細情報
神社ID/コード | 7027 | 10010 | |||
---|---|---|---|---|---|
神社名/通称 | 武氏八幡宮 | ||||
(ふりがな) | たけうじはちまんぐう | ||||
郵便番号 | 759-3202 | 鎮座地 | 山口県萩市大字上小川東分1592番地 | ||
氏子地域 | |||||
電話番号 | FAX | 携帯電話 | |||
主な祭典 | 祭典日 | ||||
特殊神事 | |||||
お知らせ | |||||
旧社格 | 式内社 | 御朱印 | |||
祈祷 | 出張祭 | 神葬祭 | |||
結婚式 | 宝物館 | 要助勤(月日) | |||
宮司名 | (本務/兼務) | 連絡先 | |||
主祭神 | 《主》応神天皇、神功皇后、田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命 | ||||
フリガナ | |||||
御神徳 | |||||
由緒 | 当神社は、大同年中(西暦806~809)に松尾式部勝宗という人が、豊前の国宇佐八幡宮より御分霊を請けて、鈴野川桑瀬谷の地に祀ったのが始めで、桑瀬谷東ノ宮と称した。天慶年中(西暦938~946)に桑瀬谷より、上小川千疋宮ノ尾に遷されたがその理由は不明である。康永年中(西暦1342~1344)に米崎左衛門という郷士と松尾山城守成守という神主が話し合って、千疋より上野原善生の地に遷し、銅元山善生八幡宮として、社坊職を置いた。そのころ、宇佐八幡宮より神功皇后及び三女神の御分霊を請けて左・右殿に祀り、八幡三所の大神と称え、文安年中(西暦1444~1448)には、探題大内氏の祈願所となり、社領をもらっていた。明応元年(西暦1492)7月13日夜社殿が焼失する。神主松尾三嶋重乗は霊夢により現在地に仮宮を建てて祀り武氏八幡宮と称して、以来ここが宮所となり社坊職は失職となる。慶安2年(西暦1649)8月拝殿が建立され、文政10年(西暦1827)6月24日神殿が再建される。いずれも現在の建物である。 | ||||
駐車場有無 | 台数 | トイレ | |||
記載 | |||||
最寄駅 | |||||
名所・名物 | |||||
地図 | |||||
HP(主) | 神社写真/HP(副) | ||||
御影 | |||||