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詳細情報
神社ID/コード | 7005 | 9009 | |||
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神社名/通称 | 八幡磨能峰宮 | 八幡宮 | |||
(ふりがな) | やはたうすのみねぐう | はちまんぐう | |||
郵便番号 | 759-2212 | 鎮座地 | 山口県美祢市大嶺町東分1744番地 | ||
氏子地域 | |||||
電話番号 | FAX | 携帯電話 | |||
主な祭典 | 祭典日 | ||||
特殊神事 | |||||
お知らせ | |||||
旧社格 | 式内社 | 御朱印 | |||
祈祷 | 出張祭 | 神葬祭 | |||
結婚式 | 宝物館 | 要助勤(月日) | |||
宮司名 | (本務/兼務) | 連絡先 | |||
主祭神 | 《主》天照大神、蛭子大神、《配》応神天皇、神功皇后、田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命 | ||||
フリガナ | |||||
御神徳 | |||||
由緒 | 孝霊天皇の御宇、初めて創立し天照大神、蛭子大神を奉斎し宇周宮とも磨能峰宮とも称し後天照大神、邇邇杵尊、稲田姫命、大国主神、応神天皇、神功皇后、市杵島姫等合祠して稲六所の明神と崇め長門の総社とせり。文徳天皇仁寿元年10月勅して位階を進め従五位に叙し官祭となる。鎌倉氏の時山城国男山八幡宮の分霊を合祀し円融天皇永和元年神田三段を献じられ社領50貫20石ありしも、幾多の乱世のため没収せらる、その後大内氏、毛利氏相次いで田地数百歩を神田に供したり、宝暦元年国主毛利宗広親ら祭典を行い神前に幣帛を献ずるを例とす。承応元年四月、天明2年3月の棟札あり。文徳実録の国史現在社の神社の故をもつて、明治29年12月社名を正式に八幡磨能峰宮とし、明治30年4月27日県社に列せられ39年神饌幣帛料供進神社となる。 | ||||
駐車場有無 | 台数 | トイレ | |||
記載 | |||||
最寄駅 | |||||
名所・名物 | |||||
地図 | |||||
HP(主) | 神社写真/HP(副) | ||||
御影 | |||||