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詳細情報
神社ID/コード | 2891 | 4209003 | |||
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神社名/通称 | 穴石神社 | ||||
(ふりがな) | あないしじんじゃ | ||||
郵便番号 | 518-1323 | 鎮座地 | 三重県伊賀市石川 2291 | ||
電話番号 | 0595-44-1299 | FAX | |||
主な祭典 | 例大祭(春祭)4月16日 祇園祭7月第3日曜日 新嘗祭11月第4日曜日 祈年祭2月第1日曜日 | ||||
宮司名 | 岡本 和代 | ||||
旧社格 | |||||
連絡先 | |||||
主祭神 | 《主》木花佐久夜比売命,天長白羽命,仁徳天皇《合》天津児屋根命,天香香脊男命,市杵島比売命,宇迦能御魂命,火産霊神,弥都波能売神,大山祇命,武甕槌命,経津主命,健速須佐之男命, | ||||
ふりがな | |||||
御神徳 | |||||
由緒 | 本社は延喜式(西暦928)内社にして神名帳に、穴石神社とある。その創立は不祥であるが「清和実録」に「真観元年(西暦858)巳卯正月27日庚申京畿七道諸神進階及、新叙奉授伊賀無位穴石神従五位下」とあるので、それ以前であることは明らかである。又図書に「石川村天津社是か其社地甚旧く社頭の結構尤古稚にして、古来の式社と云うべし、旦名張郡国津社を以って国(伊賀国)の南辺を鎮し、本郡天津社(本社)を以って国の北辺を鎮し、国の中央敢国津社を以って中極を鎮し、一の宮と称す」とある。按ずるに、一名天津社とも称されていたと思われる。古来本社の所在については古書に各説があるが、藤堂元甫「三国地誌著者」の石川村天津社の説が正しいとして認められている。天正9年(西暦1581)伊賀の乱により、社殿、古書等は悉く焼失した。明治39年9月より大正2年4月の間において、字内及境内に奉斎されていた各社を合祀して、穴石神社と単称することになった。 | ||||
特殊神事 | |||||
氏子地域 | 石川地区内 | ||||
宮司記載 | |||||
HP(主) | |||||
御影 |