御由緒
明治の明細書の由緒に名文あり「豊日の森の往古訪は倭姫命とかや号かしこき神人の掘らせ給へる古井の辺にいとも可畏春をたがえず木華開耶姫尊其余の1座神号さへ不知古き神祇の三座鎮座跡と聞くのみ、
ここに人皇五十六代清和帝の流も清き其末糸もつづきて経年今に伝りて崇秘一座はかたじけなくも惟仁帝勅作たる誉田帝の神霊八幡大神の霊像なれば古年
の秋より殿社を造営して此春は木の華の復古を開ける宮は八幡宮の神体なり」と記るす。明治八年一月}一十七日、村社に列格し、同十五年一月十七日、八幡社を古井神社と改称する。
同四十年十月二十六日、指定社となる。
大正二年一月十七日宇金蔵塚五十三番の天満社を合祀、同三年六月四日宇天王の津島社を合祀した。
例祭日十一月第一日曜日
御祭神
應神天皇 菅原道真 素盞鳴尊
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